流通が進歩して、遠方からのチルド輸送が可能になったとはいえ、
生酒の流通にはどうしても心配が残ります。
流通過程での温度変化は、本来の酒のフレッシュ感を損ない、
熟成の進行を止めることができません。
一番美味しい酒を飲もうと思ったら、
蔵元で飲むしかない、というのが本来の生酒であると思います。
少し前の新酒は、粗くて、落ち着きがなくて、
しばらく置いてからでないと、とても飲めないものでしたが、
最近ではフレッシュな状態で飲む酒を造る蔵元が増え、
搾ってすぐに飲める軽快な生酒が流通するようになりました。
軽快でジューシーな生酒は、
今の清酒ブームを牽引する存在です。
醸造設備も進み、コンパクトな四季醸造蔵が現れました。
蔵元一人で酒を造り、一年中生酒しか造らないという
実に現代的で合理的な酒造りが行われるようになっています。
酒造りは、地方の1000坪もある歴史的建造物で行う時代ではなくなってきました。
こうなれば、
大消費地である東京に清酒のミニブルアリーが出来なくてはおかしい。
そう思っていました。
そこでしか飲めない魅力的でバラエティーに富んだ生酒。
レストランを併設して売店を置けば、必ずビジネスになる気がします。
クラフトビールが、着々と市場を広げています。
ミニブルアリーも増えています。
私の近所にある 「荻窪麦酒工房」は、
ほんの小さな一軒家で、ドラム缶のようなタンクに5種類のビールを仕込み、
いつも新しいフレーバーの楽しいビールを飲ませてくれます。
ペットボトルを持参すれば、量り売りしてくれるので、
家で出来たての生ビールを飲むこともできるのです。
クラフトビール先進のアメリカでは、
すでに数千軒のミニブルアリーがあると聞きます。
日本の市場も、間違いなく伸びると思いますし、
一大ブームになる可能性もある。
清酒業界は何をやっているのだろうと、イライラしていました。
そうしたら、あったのです。
東京港醸造。
三田駅から10分ほど歩いたビジネス街のど真ん中に、
まさにミニブルアリーという規模の醸造所がありました。
聞けば、既に4年前から営業していたとのことですから、
私の情報不足としか言いようがないのですが、
とにかく、200年前の江戸時代から、芝で酒造りをしてきた若松屋という蔵元が、
明治末期に廃業していたものを7代目・8代目の親子が復活させたという醸造所です。
但し、廃業の際に清酒免許を返上しているために、
現在も「その他醸造酒」の免許にて どぶろく を製造しているのです。
長く黄桜で製造をしていた寺澤善実さんを杜氏として迎え、
本格的などぶろくを造っておられます。
プロの造るどぶろくですから、
経済特区の民宿で造られるどぶろくとはレベルが違います。
早く、美味しい清酒の生酒が飲みたい。
そして、まだまだ清酒の楽しさを知らない多くの東京人たちに、
清酒を飲む楽しさと、奥深さを教えて頂きたいと、
心から応援したい気持ちになりました。
東京の人は、まず一度訪れてみて下さい。
少しわかりにくい場所ですが、
東京のど真ん中です。
2015年2月7日土曜日
2015年2月6日金曜日
渡舟
渡船。
清酒の仕事に携わっている方なら、聞いたことのある酒米の名前です。
でも、聞いたことはあるけど、あまり良く知らない。
そんな少し興味をそそられる米です。
渡船は、有名な山田錦のお父さんです。
山田錦を調べると、父が短稈渡船、母が山田穂とあります。
短稈とは、丈の低いという意味。
山田錦はあんなに有名なのに、
考えてみると渡船も山田穂も、あまり多く使われている印象がありません。
何故だろう。
そんな小さな疑問を持って、
この渡船で有名な茨城県の「府中誉」を訪問しました。
府中誉㈱があるのは茨城県石岡市。
茨城なのに何故「府中」なのだろう、という素朴な疑問は、
きっと多くの人が持つはず。
私の無学をさらすことになりましたが、
石岡の歴史は古く、平安時代から東国の経済拠点として栄えていた町ということです。
経済の中心地としての「府中」。
確かに石岡の街並みは歴史を感じさせる雰囲気を持っています。
安政元年創業の蔵元の建物も歴史を感じさせる重厚なものでした。
広い瓦葺きの屋根、土蔵、広い車寄せのある店。
一般に知られている以上に、
茨城県の東北大震災による建物の被害は大きかったのです。
府中誉の建物も、ほとんどの瓦を葺き替える必要がありました。
私たちは、知らないことが本当に多い。
社長の山内孝明さんから、
府中誉の酒と酒米「渡船」の由来をじっくりと聞かせて頂きました。
東京での勤めを辞して蔵に戻ってきた頃、
まだ地元の米で酒を造るということが今ほど一般的ではありませんでした。
山内さんは、何とか地元に根付いた米作りから始まる酒造りを目指したいとの思いで、
最初は山田錦の栽培に取り組んだそうです。
ただ、正面切って堂々と取り組んだのが裏目に出て、
種の県外流出に神経を尖らせる兵庫県からの行政圧力を受けてしまい、
断念せざるを得なくなってしまいました。
落胆していた山内さんのもとに、
地元の農家から、昔「渡船」という酒米を作っていたという情報が入りました。
そこから、新しい夢に向かった山内さんの取り組みが始まります。
種籾を求めて、農水省の農業生物資源保存機関である Genebank に交渉し、
2年かけてようやく14gの種籾を手にして、1坪の栽培をスタートしました。
米を育てるだけなら出来ることですが、
一定の作付け面積を確保して酒米として使用するには、様々なハードルがありました。
一般的なコシヒカリに比べて極端な晩稲品種である渡船は、
水利の時期が異なるため、新しい耕作地を探す必要があります。
結局、地元から30分ほど離れた八郷町の農家との契約にいたり、
現在にいたっているとのこと。
府中誉の使用総米の約60%で、
純米吟醸から大吟醸まで、ほとんどの酒を渡船で造っておられます。
ゼロからここまで積み上げてきた渡船に対する思いの深さは、
想像するに余りあるものです。
きっと自分の子供のように思えるものでしょう。
私は、このように頑張ってこられた方のお話には
手放しで感激してしまいます。
応援したくなります。
酒は人なり。
酒は、それを造り上げた人を映す鏡のようなものです。
その一滴の酒を造るために積み上げてきた様々な過程が、
必ず、飲む人に伝わる、不思議な飲み物です。
米のひと粒から、搾りあげる一滴の酒まで、
すべての工程に、一切妥協を許さぬ厳しさが求められますが、
しかし、その努力がカタチとして飲む人に伝わるのなら、
造り手は、その笑顔を糧に日々の努力に励むことができるでしょう。
府中誉 「渡舟」 の味わいについては、
飲んだ方の気持ちにおまかせします。
きっと、蔵元の気持ちが伝わる素敵な酒であると確信しています。
清酒の仕事に携わっている方なら、聞いたことのある酒米の名前です。
でも、聞いたことはあるけど、あまり良く知らない。
そんな少し興味をそそられる米です。
渡船は、有名な山田錦のお父さんです。
山田錦を調べると、父が短稈渡船、母が山田穂とあります。
短稈とは、丈の低いという意味。
山田錦はあんなに有名なのに、
考えてみると渡船も山田穂も、あまり多く使われている印象がありません。
何故だろう。
そんな小さな疑問を持って、
この渡船で有名な茨城県の「府中誉」を訪問しました。
府中誉㈱があるのは茨城県石岡市。
茨城なのに何故「府中」なのだろう、という素朴な疑問は、
きっと多くの人が持つはず。
私の無学をさらすことになりましたが、
石岡の歴史は古く、平安時代から東国の経済拠点として栄えていた町ということです。
経済の中心地としての「府中」。
確かに石岡の街並みは歴史を感じさせる雰囲気を持っています。
安政元年創業の蔵元の建物も歴史を感じさせる重厚なものでした。
広い瓦葺きの屋根、土蔵、広い車寄せのある店。
一般に知られている以上に、
茨城県の東北大震災による建物の被害は大きかったのです。
府中誉の建物も、ほとんどの瓦を葺き替える必要がありました。
私たちは、知らないことが本当に多い。
社長の山内孝明さんから、
府中誉の酒と酒米「渡船」の由来をじっくりと聞かせて頂きました。
東京での勤めを辞して蔵に戻ってきた頃、
まだ地元の米で酒を造るということが今ほど一般的ではありませんでした。
山内さんは、何とか地元に根付いた米作りから始まる酒造りを目指したいとの思いで、
最初は山田錦の栽培に取り組んだそうです。
ただ、正面切って堂々と取り組んだのが裏目に出て、
種の県外流出に神経を尖らせる兵庫県からの行政圧力を受けてしまい、
断念せざるを得なくなってしまいました。
落胆していた山内さんのもとに、
地元の農家から、昔「渡船」という酒米を作っていたという情報が入りました。
そこから、新しい夢に向かった山内さんの取り組みが始まります。
種籾を求めて、農水省の農業生物資源保存機関である Genebank に交渉し、
2年かけてようやく14gの種籾を手にして、1坪の栽培をスタートしました。
米を育てるだけなら出来ることですが、
一定の作付け面積を確保して酒米として使用するには、様々なハードルがありました。
一般的なコシヒカリに比べて極端な晩稲品種である渡船は、
水利の時期が異なるため、新しい耕作地を探す必要があります。
結局、地元から30分ほど離れた八郷町の農家との契約にいたり、
現在にいたっているとのこと。
府中誉の使用総米の約60%で、
純米吟醸から大吟醸まで、ほとんどの酒を渡船で造っておられます。
ゼロからここまで積み上げてきた渡船に対する思いの深さは、
想像するに余りあるものです。
きっと自分の子供のように思えるものでしょう。
私は、このように頑張ってこられた方のお話には
手放しで感激してしまいます。
応援したくなります。
酒は人なり。
酒は、それを造り上げた人を映す鏡のようなものです。
その一滴の酒を造るために積み上げてきた様々な過程が、
必ず、飲む人に伝わる、不思議な飲み物です。
米のひと粒から、搾りあげる一滴の酒まで、
すべての工程に、一切妥協を許さぬ厳しさが求められますが、
しかし、その努力がカタチとして飲む人に伝わるのなら、
造り手は、その笑顔を糧に日々の努力に励むことができるでしょう。
府中誉 「渡舟」 の味わいについては、
飲んだ方の気持ちにおまかせします。
きっと、蔵元の気持ちが伝わる素敵な酒であると確信しています。
2015年1月24日土曜日
薫風の白い餡と日本酒
千駄木に 「薫風」 という、それはそれはユニークなお店があります。
つくださちこ さん という女性がやっています。
「和菓子と酒」をテーマにした店なのですよ、
と聞いてびっくり。
へぇ~、そんな店があり得るわけ… ってなもんです。
昔から酒飲みといえば辛党。
羊羹? そんなもん見たくもねぇ。
というのが相場だと思っていました。
でも確かに、時々羊羹好きな杜氏さんや酒飲みの方がおられるのも、
そういえば耳にしたことがあります。
なにより、つくださん自身の口から、
「和菓子と日本酒はとても良く合うんですよ」と
自信に満ちた言葉が出たものですから、
まぁ、ものは試しに行ってみようと、
ある日、おそるおそるお店に行ってみました。
お店があるのは千駄木の駅から3分くらい。
ふつう家が建ち並ぶの路地を入ったところ。
路地の入口からは、そこに何かのお店があるとはとても思えません。
お店の前に立って初めて 「あぁ、ここか」 と安心するような。
まさに隠れ家。
それほど広くない、落ち着いた店内には、
大きめのテーブルがひとつ。
その周りに椅子が8脚。
二人のご婦人のお客様がお菓子をつまみにお酒を飲んでいました。
「よくいらっしゃるのですか?」 と聞くと、
「はい、しょっちゅう。今日ももう3つめのお菓子を頂いているの。」 とのお言葉。
さっそく私も 「和菓子と日本酒」 の世界にトライだ。
5種類くらいのお菓子のメニューから白餡の羊羹を選び、
それに合う日本酒として、つくださんが栃木の「仙禽」を出してくれました。
びっくり!
カルチャーショック!
白羊羹といっても、普通の羊羹じゃない。
オレンジピールやクミン、グランマニエなどが入った、
ちょっとエキゾチックでスパイシーな羊羹です。
おりがらみでフレッシュな甘口の「仙禽」に素晴らしくマッチします。
つくださんは、協和発酵の研究部門におられた技術者だそうで。
だから、マリアージュの理屈も、妙に説得力があります。
曰く、両者を合わせるコツは2つ。
① 似た要素を見つける
② 足りない部分を補う
ということだそうです。
あまり感激したので、翌日また行ってしまいました。
そして1週間以内にもう一度。
和菓子と日本酒というものに、こんなに魅せられてしまうのが、
自分でもおかしいくらいでした。
完全につくださんの手のひらの上で転がされている私。
つくださんの創作する様々な和菓子。
でも、初体験の印象が強いせいなのでしょうか、
この白餡の羊羹が私には格別です。
汲めど尽きせぬ、このフュージョンな味の魅力。
彼女はきっと有名人になります。
つくださちこ という名前と 「薫風」 という店名を覚えておいて下さい。
つくださちこ さん という女性がやっています。
「和菓子と酒」をテーマにした店なのですよ、
と聞いてびっくり。
へぇ~、そんな店があり得るわけ… ってなもんです。
昔から酒飲みといえば辛党。
羊羹? そんなもん見たくもねぇ。
というのが相場だと思っていました。
でも確かに、時々羊羹好きな杜氏さんや酒飲みの方がおられるのも、
そういえば耳にしたことがあります。
なにより、つくださん自身の口から、
「和菓子と日本酒はとても良く合うんですよ」と
自信に満ちた言葉が出たものですから、
まぁ、ものは試しに行ってみようと、
ある日、おそるおそるお店に行ってみました。
お店があるのは千駄木の駅から3分くらい。
ふつう家が建ち並ぶの路地を入ったところ。
路地の入口からは、そこに何かのお店があるとはとても思えません。
お店の前に立って初めて 「あぁ、ここか」 と安心するような。
まさに隠れ家。
それほど広くない、落ち着いた店内には、
大きめのテーブルがひとつ。
その周りに椅子が8脚。
二人のご婦人のお客様がお菓子をつまみにお酒を飲んでいました。
「よくいらっしゃるのですか?」 と聞くと、
「はい、しょっちゅう。今日ももう3つめのお菓子を頂いているの。」 とのお言葉。
さっそく私も 「和菓子と日本酒」 の世界にトライだ。
5種類くらいのお菓子のメニューから白餡の羊羹を選び、
それに合う日本酒として、つくださんが栃木の「仙禽」を出してくれました。
びっくり!
カルチャーショック!
白羊羹といっても、普通の羊羹じゃない。
オレンジピールやクミン、グランマニエなどが入った、
ちょっとエキゾチックでスパイシーな羊羹です。
おりがらみでフレッシュな甘口の「仙禽」に素晴らしくマッチします。
つくださんは、協和発酵の研究部門におられた技術者だそうで。
だから、マリアージュの理屈も、妙に説得力があります。
曰く、両者を合わせるコツは2つ。
① 似た要素を見つける
② 足りない部分を補う
ということだそうです。
あまり感激したので、翌日また行ってしまいました。
そして1週間以内にもう一度。
和菓子と日本酒というものに、こんなに魅せられてしまうのが、
自分でもおかしいくらいでした。
完全につくださんの手のひらの上で転がされている私。
つくださんの創作する様々な和菓子。
でも、初体験の印象が強いせいなのでしょうか、
この白餡の羊羹が私には格別です。
汲めど尽きせぬ、このフュージョンな味の魅力。
彼女はきっと有名人になります。
つくださちこ という名前と 「薫風」 という店名を覚えておいて下さい。
根知谷の酒造家
根知谷というところへ行くのは初めてなので、
一体どんなところなのか、イメージがつかないのですが、
大糸線というローカル線の名前を聞いた途端に、
何だか雪深い、すごい田舎に出掛けて行くのだといういう気持ちになりました。
12月14日、
前日から強い寒波が日本列島を被い、
糸魚川を出発した大糸線は、
間もなく、しんしんと降る雪景色のなかに潜り込んでゆきました。
2両編成のワンマン列車の車両には、
静かに座っている地元の老人と、
ローカル線マニアとおぼしき数名の中年男性。
白一色に塗られた静かな景色は、
それは美しいものでした。
糸魚川から3つめの駅が「根知」。
雪の積もったホームにひとり降り立った私は、
「駅員屋(ぽっぽや)」の高倉 健になったような気分です。
電車を見送って無人の駅舎へ向かうと、
今日の目的地、根知谷の醸造家が、にこにこと笑って立っていました。
「まぁ、えらい天気のなか、よくお越しくださいました。」
根知谷という、東京からは距離以上に離れて感じる土地で、
これまでの酒蔵とは次元の違う酒造りをしている酒造家がいるという話は聞いていました。
自分で米を作り、酒を造る。
そこまでのことであれば、他にも、もっと大きな規模で本格的に取り組んでいる蔵元があります。
しかしこの酒造家は、それを徹底している。
つまり、「根知谷で、自分で作った米でしか造れない酒を造る」
というところまで踏み込んだ酒造りをしているというのです。
これ、言うのは簡単ですが、なかなか出来ることではありません。
本当か~?、と思うのが当然。
米の品質を、誰もが納得できるレベルで酒の味にまで実現するという作業です。
「確かにこの米で造った酒は違う」と、ガッテンしてもらえるって、凄いことです。
だから、この蔵の酒を初めて飲んだ時、正直びっくりしました。
えっ? 全然違う。
五百万石って、硬くてちょっと淡白だと思っていたのに、
ここの酒は、ねっとりとしてボディと複雑味がありました。
ここまで違えば、誰にだってわかる。
その時から、根知谷に行って、この醸造家に会うことを強く願うようになりました。
さて、この後、約半日をこの蔵元で過ごしました。
普通、蔵にお邪魔すると、
ひととおり蔵を見て、酒をきいて、お話をしてから、
近くでお昼でも食べましょうとなって、バイバイ というのがパターンです。
しかし、私は結局製造設備は見ることなく、
ひたすらこの醸造家とお話をして何時間もの時を過ごしました。
この蔵について話をしろと言われれば、結構話ができると思いますよ。
でも、あまりここでだらだらと書く気にはなれません。
ただ、根知谷にはすごい醸造家がいるぞ、ということ。
そして、彼の目指している世界は、清酒の価値を根本的に変えて、
堂々と世界に通用する酒にする可能性を持ち、
全国にいる志の高い醸造家達の未来を拓くものだと、
私は確信しました。
色々な人に伝えたい。
久しぶりに感じた思いです。
一体どんなところなのか、イメージがつかないのですが、
大糸線というローカル線の名前を聞いた途端に、
何だか雪深い、すごい田舎に出掛けて行くのだといういう気持ちになりました。
12月14日、
前日から強い寒波が日本列島を被い、
糸魚川を出発した大糸線は、
間もなく、しんしんと降る雪景色のなかに潜り込んでゆきました。
2両編成のワンマン列車の車両には、
静かに座っている地元の老人と、
ローカル線マニアとおぼしき数名の中年男性。
白一色に塗られた静かな景色は、
それは美しいものでした。
糸魚川から3つめの駅が「根知」。
雪の積もったホームにひとり降り立った私は、
「駅員屋(ぽっぽや)」の高倉 健になったような気分です。
電車を見送って無人の駅舎へ向かうと、
今日の目的地、根知谷の醸造家が、にこにこと笑って立っていました。
「まぁ、えらい天気のなか、よくお越しくださいました。」
根知谷という、東京からは距離以上に離れて感じる土地で、
これまでの酒蔵とは次元の違う酒造りをしている酒造家がいるという話は聞いていました。
自分で米を作り、酒を造る。
そこまでのことであれば、他にも、もっと大きな規模で本格的に取り組んでいる蔵元があります。
しかしこの酒造家は、それを徹底している。
つまり、「根知谷で、自分で作った米でしか造れない酒を造る」
というところまで踏み込んだ酒造りをしているというのです。
これ、言うのは簡単ですが、なかなか出来ることではありません。
本当か~?、と思うのが当然。
米の品質を、誰もが納得できるレベルで酒の味にまで実現するという作業です。
「確かにこの米で造った酒は違う」と、ガッテンしてもらえるって、凄いことです。
だから、この蔵の酒を初めて飲んだ時、正直びっくりしました。
えっ? 全然違う。
五百万石って、硬くてちょっと淡白だと思っていたのに、
ここの酒は、ねっとりとしてボディと複雑味がありました。
ここまで違えば、誰にだってわかる。
その時から、根知谷に行って、この醸造家に会うことを強く願うようになりました。
さて、この後、約半日をこの蔵元で過ごしました。
普通、蔵にお邪魔すると、
ひととおり蔵を見て、酒をきいて、お話をしてから、
近くでお昼でも食べましょうとなって、バイバイ というのがパターンです。
しかし、私は結局製造設備は見ることなく、
ひたすらこの醸造家とお話をして何時間もの時を過ごしました。
この蔵について話をしろと言われれば、結構話ができると思いますよ。
でも、あまりここでだらだらと書く気にはなれません。
ただ、根知谷にはすごい醸造家がいるぞ、ということ。
そして、彼の目指している世界は、清酒の価値を根本的に変えて、
堂々と世界に通用する酒にする可能性を持ち、
全国にいる志の高い醸造家達の未来を拓くものだと、
私は確信しました。
色々な人に伝えたい。
久しぶりに感じた思いです。
2014年7月25日金曜日
山水舎の研修会
今年は、日本酒販売に携わるプロの方々向けに、様々な研修会を始めました。
酒のプロが気軽に学べる場は、ありそうで少ない。
高いお金を払えば、確かにあるかもしれませんが、
もっと少人数で相互通行の学習の場を作りたいと思いました。
ひとつは、「日本酒セールススタッフ研修」。
消費者相手に、飲食店相手に、日本酒を販売する立場にいる方が、
知っておくべき常識と最新知識を学ぶ場です。
清酒の製造だけでなく、
もっと広い、やわらかい知恵を沢山学んで頂きたいと思っています。
もうひとつは「きき酒ワークショップ」。
目まぐるしく移り変わる商品の最先端を学ぶことと、
酒を表現するという作業を、参加者の共同で行おうというものです。
ワインに比較して、とかくボキャブラリーの乏しいと言われる清酒を、
もっと豊かに表現する訓練をしようというものです。
どちらの研修会も10名程度の少人数でやっていますが、
なかなか面白いです。
準備をするのは、それなりに大変ですが、
学ぼうという前向きな気持ちをもった方々と接することで、
エネルギーをもらうことができます。
根津のワインバー「TAMAYA」さんが、
素晴らしい研修ルームを提供して下さったので、
最高の環境で研修会をスタートすることができました。
有難いです。
是非、継続してゆきたいと願っています。
酒のプロが気軽に学べる場は、ありそうで少ない。
高いお金を払えば、確かにあるかもしれませんが、
もっと少人数で相互通行の学習の場を作りたいと思いました。
ひとつは、「日本酒セールススタッフ研修」。
消費者相手に、飲食店相手に、日本酒を販売する立場にいる方が、
知っておくべき常識と最新知識を学ぶ場です。
清酒の製造だけでなく、
もっと広い、やわらかい知恵を沢山学んで頂きたいと思っています。
もうひとつは「きき酒ワークショップ」。
目まぐるしく移り変わる商品の最先端を学ぶことと、
酒を表現するという作業を、参加者の共同で行おうというものです。
ワインに比較して、とかくボキャブラリーの乏しいと言われる清酒を、
もっと豊かに表現する訓練をしようというものです。
どちらの研修会も10名程度の少人数でやっていますが、
なかなか面白いです。
準備をするのは、それなりに大変ですが、
学ぼうという前向きな気持ちをもった方々と接することで、
エネルギーをもらうことができます。
根津のワインバー「TAMAYA」さんが、
素晴らしい研修ルームを提供して下さったので、
最高の環境で研修会をスタートすることができました。
有難いです。
是非、継続してゆきたいと願っています。
2014年7月13日日曜日
ジョン・ゴントナー と スティーブ山口
7月16日(水)にサマーセミナーを開催します。
セミナーのテーマと講師には、いつも頭を悩ませています。
自分の経験から培った見識と感受性・発想力を生かして、
業界に何かこれまでと違った視点から風を送りたいという気概を持っています。
毎回多くの蔵元・流通・その他の方々にご参加頂いていますが、
お忙しいなか、東北から沖縄まで、本当に遠方からもご参加頂いていることから、
皆様のご期待を裏切らぬよう、
素晴らしい学びとなって頂けるよう、
最後の一分まで、精一杯の気持ちを込めて運営を心がけています。
決して自信満々にやっているわけではありませんが、
講師の方々は、立派な人物ばかりです。
彼らの力を、参加者の皆様に正しくお伝えできるかどうか、
そこに私の仕事があると思っています。
参加者の皆様が、講師の方々と心を通わし、
また参加者の皆様同士が、志を共有し、
新しいネットワークを広げて頂ければ、
それが一番嬉しいことです。
さて、今回の講師はジョン・ゴントナーさんと山口スティーブさん。
ジョンさんは既に業界では有名な海外への酒の伝道師。
彼の先にも、彼の後にも
彼を超える情熱と知識を持ってこの仕事をしている人はいません。
改めて、ジョンさんが今の日本酒業界の現状と可能性をどのように見ているのか。
お聞きするのが楽しみです。
もうひとりの講師、山口スティーブさん。
彼のことを知ったのは、何年も前に見たNHKの「サキドリ」という番組でした。
山形の最上町という小さな田舎町でトラベル東北という旅行会社を経営する彼は、
保守的な田舎町のまさに「風雲児」。
外国人だからこそ見える、日本の田舎の小さな価値を掘り起こして、
新しい「旅のカタチ」をプロデュースしておられる様子を見て、
一度お会いしたいと思っていました。
何のツテもありませんでしたが、直接お手紙を書いて講演をお願いし、
快く引き受けて頂きました。
折角のチャンスですから、本当に良い話をして欲しいと願っています。
先月、東京で昼食を食べながら一度打合せをしましたが、
この週末には、1泊で山形まで行き、
1日半かけて、ゆっくりと意見の交換をしてきました。
また、彼が実際にどのような町で、どのような仕事をしているのか。
町の人達とどのような関係を持っているのか。
古川の居酒屋で酒を飲み、
鳴子温泉では、一緒に湯船に浸かって、
本当にしっかりと話をすることができました。
人はみんな同じ。
完全な人はいないし、
みんな悩みながら、手探りで生きています。
失敗もするし、批判されることもある。
成功の数以上に後悔することも沢山あります。
でも、そこで自分の生き方を貫くことができるかどうか。
そこにその人の魅力が生まれるのだと思います。
水曜日には、
様々な人生経験と試行錯誤に溢れたスティーブさんの人生と、
そんなスティーブさんから見た日本酒業界、
そして業界を楽しく発展させるアイデアを
色々とお話頂けると思います。
楽しみです。
セミナーのテーマと講師には、いつも頭を悩ませています。
自分の経験から培った見識と感受性・発想力を生かして、
業界に何かこれまでと違った視点から風を送りたいという気概を持っています。
毎回多くの蔵元・流通・その他の方々にご参加頂いていますが、
お忙しいなか、東北から沖縄まで、本当に遠方からもご参加頂いていることから、
皆様のご期待を裏切らぬよう、
素晴らしい学びとなって頂けるよう、
最後の一分まで、精一杯の気持ちを込めて運営を心がけています。
決して自信満々にやっているわけではありませんが、
講師の方々は、立派な人物ばかりです。
彼らの力を、参加者の皆様に正しくお伝えできるかどうか、
そこに私の仕事があると思っています。
参加者の皆様が、講師の方々と心を通わし、
また参加者の皆様同士が、志を共有し、
新しいネットワークを広げて頂ければ、
それが一番嬉しいことです。
さて、今回の講師はジョン・ゴントナーさんと山口スティーブさん。
ジョンさんは既に業界では有名な海外への酒の伝道師。
彼の先にも、彼の後にも
彼を超える情熱と知識を持ってこの仕事をしている人はいません。
改めて、ジョンさんが今の日本酒業界の現状と可能性をどのように見ているのか。
お聞きするのが楽しみです。
もうひとりの講師、山口スティーブさん。
彼のことを知ったのは、何年も前に見たNHKの「サキドリ」という番組でした。
山形の最上町という小さな田舎町でトラベル東北という旅行会社を経営する彼は、
保守的な田舎町のまさに「風雲児」。
外国人だからこそ見える、日本の田舎の小さな価値を掘り起こして、
新しい「旅のカタチ」をプロデュースしておられる様子を見て、
一度お会いしたいと思っていました。
何のツテもありませんでしたが、直接お手紙を書いて講演をお願いし、
快く引き受けて頂きました。
折角のチャンスですから、本当に良い話をして欲しいと願っています。
先月、東京で昼食を食べながら一度打合せをしましたが、
この週末には、1泊で山形まで行き、
1日半かけて、ゆっくりと意見の交換をしてきました。
また、彼が実際にどのような町で、どのような仕事をしているのか。
町の人達とどのような関係を持っているのか。
古川の居酒屋で酒を飲み、
鳴子温泉では、一緒に湯船に浸かって、
本当にしっかりと話をすることができました。
人はみんな同じ。
完全な人はいないし、
みんな悩みながら、手探りで生きています。
失敗もするし、批判されることもある。
成功の数以上に後悔することも沢山あります。
でも、そこで自分の生き方を貫くことができるかどうか。
そこにその人の魅力が生まれるのだと思います。
水曜日には、
様々な人生経験と試行錯誤に溢れたスティーブさんの人生と、
そんなスティーブさんから見た日本酒業界、
そして業界を楽しく発展させるアイデアを
色々とお話頂けると思います。
楽しみです。
2013年4月17日水曜日
とても良い飲み屋さんがありました
あまり特定のお店の宣伝をするのもなんなのですが、
とても良いお店だったので、
つい書いてしまいたくなりました。
吉祥寺といえば老いも若きも惹きつける街。
何と言ったって住みたい街ナンバーワンですから。
ハーモニカ横丁が有名で、
私も時々こっそりと飲みに行っております。
ただ、
あんまり注目されてくると、
何となく街の臭いが日常的でなくなってくるというか、
やや観光地化された、
作られた雰囲気を感じてしまいませんか?
まぁ、それも街のひとつの顔です。
「にほん酒や」という名の店は、
街の中心をちょっと外れた裏通りに
ちょこっとあります。
20名くらいで一杯になるくらいの店を
4名の若い男性スタッフがオペレートしています。
メニューを見て痺れましたね。
酒のメニューの出だしが
「常温か燗で美味しい酒」。
普通はメニューの8割を占める「冷酒」は、
その次にこっそりと登場します。
ややマニアックな感じのする品揃えですが、
流行に左右されないテイストが伝わります。
各テーブルには当然のように
竹炭の入った水のボトルが置いてあり、
酒を飲みながら水を飲むのは当然の顔。
ふと見回せば、
半分以上のお客様は燗酒を飲んでおられます。
「若い頃、ひどい燗酒を飲まされて、すっかり嫌いになったよ。」
という台詞を、ようやく聞かない、
知らない世代が酒を飲むようになったのですね、と
店主の高谷さんが言っておられました。
今の若い女性は、
普通にお燗酒を飲んで、
普通に「美味しい!」って言ってますよ、ですって。
こういう飲食店に出会うと、
日本酒ラブの業界人としては、
とてもとても嬉しくなります。
とても良いお店だったので、
つい書いてしまいたくなりました。
吉祥寺といえば老いも若きも惹きつける街。
何と言ったって住みたい街ナンバーワンですから。
ハーモニカ横丁が有名で、
私も時々こっそりと飲みに行っております。
ただ、
あんまり注目されてくると、
何となく街の臭いが日常的でなくなってくるというか、
やや観光地化された、
作られた雰囲気を感じてしまいませんか?
まぁ、それも街のひとつの顔です。
「にほん酒や」という名の店は、
街の中心をちょっと外れた裏通りに
ちょこっとあります。
20名くらいで一杯になるくらいの店を
4名の若い男性スタッフがオペレートしています。
メニューを見て痺れましたね。
酒のメニューの出だしが
「常温か燗で美味しい酒」。
普通はメニューの8割を占める「冷酒」は、
その次にこっそりと登場します。
ややマニアックな感じのする品揃えですが、
流行に左右されないテイストが伝わります。
各テーブルには当然のように
竹炭の入った水のボトルが置いてあり、
酒を飲みながら水を飲むのは当然の顔。
ふと見回せば、
半分以上のお客様は燗酒を飲んでおられます。
「若い頃、ひどい燗酒を飲まされて、すっかり嫌いになったよ。」
という台詞を、ようやく聞かない、
知らない世代が酒を飲むようになったのですね、と
店主の高谷さんが言っておられました。
今の若い女性は、
普通にお燗酒を飲んで、
普通に「美味しい!」って言ってますよ、ですって。
こういう飲食店に出会うと、
日本酒ラブの業界人としては、
とてもとても嬉しくなります。
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